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ブロガーを批判したいのは彼らが「純粋にやりたいことやれる」から

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ブロガーやインフルエンサーが発信する情報を閲覧して「批判したくなる」のは何故だろうか?もちろん彼らが発信する情報に誤りがある場合はそれを正す目的として批判するユーザーもいる。しかし、多くは「ただ批判したくて批判している」ように思える。ネットの社会だから起きることである。これがもし電車の中だったら決して起こらない。たとえば、"このビジネスまじで儲かる!"と話している二人組が居たとして、"いや、それ危険だから、やめとけよ"なんて提言する人はいない。ネットは良くも悪くも、「他人事を自分事にして考えてしまう場所」である。

 

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私達はやりたいことをやっている人たちが嫌いなのだ

 
恐らく、社会で全うに生きようとすればするほど、私たちは「やりたいことをやれている人間」が嫌いになるのである。"なんであの人は自分の好きなことをできているのに私はできないのか"と嘆く。嘆くだけならいいが、やりたいことをやっている人に対して攻撃的になるのである。残念ながら、社会に迎合すればするほど、自分のやりたいことはできない。社会は自分のやりたいことをやる場所ではなく、人間としての安定した生活を維持するために一生懸命働く場所であるからだ。
また、社会に迎合する私たちは「金持ち」が嫌いである。社会にしがみつけば、金持ちになれない。確率はとても低い。金持ちになるには(1)事業を興す (2)金融商品で当てる(3)博打で当てる (4)遺産を狙う、くらいしか方法がない。ネット上で自由に情報を発信するブロガーやインフルエンサーは金を持っている。羨ましくいのは仕方がない。
 
 
 

突然画家になったブロガーへの怒り

 
私はある「突然画家に転向したブロガーの画家」の記事を読んで"これはくだらない"と思った。"このような人が芸術を語るのは許せることではない"と批判的な気持ちになった。なぜなら、私は絵画を中心に芸術が好きで、「芸術の重み」というものを軽々しく扱われることに怒りを覚えたからだ。しかし、そのブロガーの絵を我慢して閲覧したとき、心の中の批判的な言葉が収まった。"あっ私も彼のように画家と名乗りたいのだな"と自分の心の奥底にある気持ちに気が付いた。
全ての物事は時代と共に変わる。芸術家の在り方も随分と変わった。現代で芸術家として有名になるにはセルフプロデュースが求められる。その点、突然画家になったブロガーの彼は素晴らしいのである。勝手に批判的になって怒りを感じた僕がバカなのである。
 
 
 

ネット上での攻撃は時間の無駄であることは間違いない

 
ブロガーを批判すればするほど、そのブロガーに注目が集まり、彼らの収益が増える。だから、批判的になるくらい嫌いであったら、「見ない」という選択をするのが最も妥当であると思う。しかし、批判する必要性があるならば仕方がないと思う。たとえば、歴史的、政治的、経済的、科学的におかしい記事、怪しい商品をアフィリエイトする記事などには批判的になってもいいだろう。しかし、ネット上に批判して気持ちよくなるため、批判対象に傷を負わせたいという目的の為の誹謗中傷が多すぎる。
一見全うそうなユーザーもどうでもいいブロガーの発言を必要以上にケアしすぎている。これがインターネットかもしれないが、実に「時間がもったいない」と個人的には思ってしまう。
 
 
 
やりたいことをやれる、というのは素晴らしくて凄いことなのだと思う。なおかつ、それに加えてお金も稼いでいらっしゃる。そんなブロガー・インフルエンサーを見ているのが嫌なら「見るのをやめるか」もしくは「自分もやりたいことやる意志を持つか」の片方を選ぶしか道はない。