アンフィルム青年日記

口だけ達者な20代若者が「低品質・大量生産」というスタンスでアクセスを愚直に獲得していくブログ。お問い合わせはunfilmoui@gmail.comまで。


義務感を感じるのが嫌いなんて当たり前。でも「情熱」は冷めるよ

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「義務感」に嫌悪感を示すのは

人間の特徴のひとつだ。

人間は意識していないとすぐに何もやらなくなるめんどくさがり屋な生き物だ。

 

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「あれこれ指示されるのが嫌いです」って言っちゃう?

あれそれ人に指示されるのが嫌いです」とか言っちゃう人が多い。特に若い人。そんな若者に限って無能なことが多いから厄介な話だ。結局、大口を叩くがひとりじゃ何もできず、いずれ「あれこれ言われる社会」に迎合するときを迎える。

だって、「あれこれ指示されるのが嫌い」なんて人間の性質の基本だろう。そんな当たり前のことを言っても意味がない。同じ理由から、「指示されるのが好きです」とか言っちゃう人も信用できない。もっとも信用できるのは「寝るのが趣味です」という素直な人だ。「寝るのが好き」と堂々言う人に悪い人はいない。

 

義務感で自分をどう締めるのかを考えよう

若者が「義務感」に嫌悪感を示すのはその使い方を学ばないからである、と考える。「義務感はただ一方的に自分を制圧するもので、コントロールできる訳ではない」と考えているから、義務感に嫌気が差すのだ。

 

ものは使いよう、義務感も使いよう。

 

物事を実行し理想を達成するには「やらなきゃいけない」という意識が絶対的に必要である。なぜなら、「情熱」が冷めるときが必ず来るからだ。情熱は決して「安定」しないからだ。

 

一生一緒という結婚の誓いが3日で破綻する理由

恋愛だって、最初に相手に感じた情熱は冷めるときが必ず来る。「一生一緒」という結婚の誓いが3日で破綻することもある。どちらか一方、もしくは両者に、一生一緒の覚悟がなかったからだ。(そもそも本当に一生一緒の存在は自分自身である)

確かに、その瞬間の情熱はあったのだが...。しかし、情熱とは不安定なものだ。だから、人は情熱的な人間に魅了される。しかし、あなたが思う情熱的な人間にも必ず冷めるときがある私が憧れている岡本太郎だって、「うわぁまじで人生メンドクサイ」という時があっただろう。芸術への希望を失いかけたこともあっただろ。やはり、そこで活きるのは「やらなきゃいけない」という義務感しかないだろう。情熱が通用しないところで義務感が通用するのだ。

 

「食って、寝て、糞をして」からの「食べて、祈って、恋をして」

お節介な自己啓発本が増えたおかけで、惰性的に人生を生きていた人間も「おれの人生、このままでいいのか?」と考えるようになってしまった。

家でお煎餅食いながら昼ドラを見てた主婦も英会話に通い始めてしまった。「私の人生これじゃダメ」ってみんな思って生きるようになった。

食って、寝て、糞をする」じゃなくて、「食べて、祈って、恋をして」が求められる時代に生きる私たち。情熱的な理想を追い求めすぎているのじゃないか?理想を達成するには「うわぁめんどくさいけど仕方がねぇーや」という気持ちも必要である。

 

義務感で自分を締めてまでも追い求められる理想がある人は幸福であると言えるだろう。