アンフィルム青年日記

口だけ達者な20代若者が「低品質・大量生産」というスタンスでアクセスを愚直に獲得していくブログ。お問い合わせはunfilmoui@gmail.comまで。


岡本太郎は芸術家だ

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文章を書いて生活を立てているからといって「書くことが好き」とは限りません。書くことが嫌いな作家だって多くいます。たとえば、「最後の無頼派」と呼ばれる伊集院静氏は「書きたいから書く」のでは「書かなければ生活できないから仕方がない」という現実感の元、数多くの小説・エッセイ本を発表しています。

 

私はそのような「書かざるおえない」という心境の元に文章を書く小説家・随筆家が好きなようです。「書きたいから」という理由で書かれたものより切迫感のようなものを感じるからです。それが幻想だとしても、私は切迫感が好きなんです。

 

しかし、別に「書きたいから書いたもの」が悪いわけでは全くない。作品の評価はバックグラウンドも確かに大切ですが、やはり作品そのものを評価しなくてはいけません。

 

個人的に思うのですが、日本人の芸術に対する評価基準は作品の背景を過度に重視されていると思います。映画で言えば、役者の演技より役者の生い立ちを意識しているように思えます。映画を作品全体として見ずに、ストーリー性だけで全体を評価している。映画を観て評価を下すなら、ストーリー性と同等に「テクニック」の部分にも焦点を当てるべきだと感じます。

 

芸術家・岡本太郎もその言動から世間の注目を集め、彼に関する書籍はいまだ根強い人気を誇ります。尊敬する人に選ぶ人も多い。しかし、岡本太郎は芸術家です。確かに、彼は職業の分業化を嫌ったので、「岡本太郎は芸術家です」という私の文はダメですね。「岡本太郎は岡本太郎」です。しかし、それでも彼を構成した大きな要素のひとつが「芸術」なのは間違いないでしょう。だから、私たちはもっと彼の作品を論じるべきだと思います。なぜなら、彼は「芸術」を通して人生を観た人間だからです。